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浦和地方裁判所 昭和41年(ワ)308号 判決

原告

井上弘子

ほか二名

被告

吹上交通株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは各自

1  原告井上弘子に対し、金四、四三九、八〇七円及びこの内金四、〇三九、八〇七円に対する昭和四一年七月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員

2  原告井上正一に対し、金八三三、五五六円及びこの内金七五八、五五六円に対する昭和四一年七月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員

3  原告井上つるに対し、金七一二、六〇一円及びこの内金六四八、六〇一円に対する昭和四一年七月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告井上弘子の、その各一をそれぞれ原告井上正一と原告井上つるの各負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四、この判決は、被告ら各自に対し、それぞれ原告井上弘子において金四四〇、〇〇〇円、原告井上正一において金八三、〇〇〇円、原告井上つるにおいて金七一、〇〇〇円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は「被告らは各自、原告井上弘子(以下弘子という)に対し金九、九一四、二八八円及びこの内金八、九四〇、六八六円に対する訴状送達の日の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員、原告井上正一(以下正一という)に対し金二、〇四六、〇八五円及びこの内金一、八九六、五九六円に対する訴状送達の日の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員、原告井上つる(以下つるという)に対し金一、七一三、九八二円及びこの内金一、五二二、九四一円に対する訴状送達の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、(事故の発生)

昭和四一年一月三日午後六時四〇分ごろ埼玉県行田市大字下忍一、三八六番地先県道東松山線道路上において、訴外小室梅吉(以下小室という)が営業用乗用車(登録番号埼五あ二六五一号、以下被告車という)を運転して行田市方面から吹上方面に向つて進行していた際、タクシーを止めようとして右道路上に佇立していた訴外亡井上兼宏(以下兼宏という)と原告弘子に被告車の右前部を衝突させ、よつて右両名を跳ねとばし右道路上に転倒させて、このため訴外兼宏は前額部及び右側頭部骨膜に達する挫創、前胸部全面挫傷、両下腿開放性複雑骨折を生じその場で即死させ、且つ、原告弘子は頭蓋内出血、左大腿骨々折、左上腕骨々折の傷害を受けた。(以下本件事故という)

二、責任原因

(一)  被告会社の責任

被告会社は一般乗用旅客自動車運送業(いわゆるタクシー業)を業とし、被告車を所有しこれをその業務のために使用していたもので、且つ訴外小室は被告会社の被用運転手であつて、本件事故は右訴外小室が被告会社のため被告車を運転中に発生した。従つて被告会社は自己のため被告車を運行の用に供する者として第三項記載の損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告石井金右衛門の責任

1 訴外小室は、本件事故当時、時速約七〇キロメートルで本件事故現場に差しかかつた際、自己の進路上に佇立している訴外亡兼宏を認めたが、このような場合自動車運転者としては前方を注視し、特に路上に立つている人の傍を通り過ぎようとするのであるから、その間に充分の間隔を置き減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右道路上にタクシーを止めようとして佇立している右亡兼宏の傍を減速徐行もせず、また右兼宏との間に充分な間隔も置かずに時速約七〇キロメートルで漫然そのまま進行した過失により右亡兼宏に自車右前部を衝突させて同人を跳ね飛ばし、狼狽の極、ハンドルを急に左に切つたため偶々右道路端近くに佇立していた原告弘子にも接触し右道路上に顛倒させ、第一項記載の如き本件事故を惹起したもので、本件事故は右のような訴外小室の過失によるものである。

2 被告石井金右衛門(以下石井という)は被告会社の代表者として直接会社のタクシー業務を統轄し、右小室らタクシー運転手を指揮監督していた者であるから、いわゆる代理監督者として民法第七一五条第二項により、本件事故によつて生じた第三項記載の損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

(一)  訴外亡兼宏の受けた損害

1 得べかりし利益の喪失による損害

訴外亡兼宏は事故当時横浜輸送株式会社に貨物自動車運転手として勤務しており、事故直前六ケ月の収入は金一三六、五七八円であるから同人の年間収入は少くともその倍額の金二七三、一五六円であり、同人の生活費は年間九六、〇〇〇円(一ケ月八、〇〇〇円)を超えないものであるから、同人の年間の純収入は金一七七、一五六円である。よつて同人が喪失した得べかりし利益を計算すると、同人は、昭和一七年一月三一日生れの男子であつて、厚生省発表の第一〇回生命表によれば、右同人の余命は四四・九七年であるところ、同人は満六〇才までの三六年間は少くとも毎年末に前記金一七七、一五六円の純収入を挙げ得たものであるから、その間において合計金六、三七七、六一六円の利益を得べかりし筈のものであつて、これをホフマン方式計算方法によつて現在額に換算すればその額は金三、五九一、七六七円となる。従つて訴外亡兼宏は本件事故により右と同額の損害を蒙つた。

2 慰藉料

訴外亡兼宏は昭和四〇年一二月九日原告弘子と婚姻して新婚一ケ月にも充たない最も楽しい時期に本件事故により死亡し、多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するには少くとも金一、五〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(二)  原告正一の受けた損害

1 葬祭料

原告正一は訴外亡兼宏の実父として同人の葬祭を主宰し、左記支出を余儀なくされた。

(1) 葬儀一式費用 金二七、八〇〇円

(2) 仏事用菓子、引出物代 金五〇、五〇〇円

(3) 葬儀用呉服類引出物代 金五二、二〇〇円

(4) 通夜葬儀用酒、醤油等代 金一四、二五五円

(5) 僧侶支払 金五〇、〇〇〇円

(6) 薪炭代 金三、五〇〇円

(7) 米代 金一五、〇〇〇円

(8) 死体処置料 金一、五〇〇円

(9) 施主花代 金二、〇〇〇円

(10) 火葬代 金九〇〇円

(11) 霊柩車代 金五、〇〇〇円

(12) 同運転手心附 金一、〇〇〇円

計 金二二三、六五五円

2 慰藉料

原告正一は訴外亡兼宏の実父であり、本件事故により子を奪われ、多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するには金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(三)  原告つるのを受けた損害

原告つるは訴外亡兼宏の実母であり、本件事故により子を奪われ、多大の精神的苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するには金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

(四)  原告弘子の受けた損害

原告弘子は本件事故によつて第一項記載の如き傷害を受け、四四八日に亘る治療の結果にもかかわらず、矯正不能の左右眼視神経萎縮(視力右〇・〇六左〇・〇三)左下肢短縮、左足関節運動障害、両下肢痺及疼痛感の各後遺症が残つた。

1 得べかりし利益の喪失

原告弘子は事故当時、楽屋被服株式会社に勤務していたのであるが、本件事故による前記後遺症によりその仕事を継続することが不可能となり、同人の昭和四〇年度の年間総収入は金二四九、三三五円で同人の生活費は年間金九六、〇〇〇円(一ケ月八、〇〇〇円)を超えないから年間の純収入は金一五三、三三五円である。よつて同人が喪失した得べかりし利益を計算すると、同人は昭和一六年一一月五日生れの健康な女子であつて、厚生省発表の第一〇回生命表によれば平均余命は四八・六三年であり、同人は少くとも満五〇才までの二五年間は、少くとも毎年末には右金一五三、三三五円の純収益を挙げ得たものであるから、その間において合計金三、八三三、三七五円の利益を得べかりし筈のものであつて、これをホフマン式計算方法によつて現在額に換算すればその額は金二、四四四、八〇三円となる。従つて原告弘子は本件事故により右と同額の損害を蒙つた。

2 慰藉料

原告弘子は本件事故により前記の如き傷害を受け、前記の如き後遺症が残つたものであるが、その後遺症中、視神経障害は現行自動車損害賠償保障法による後遺障害別等級第四級(補償額金二、〇六〇、〇〇〇円)に該当し、日常生活における自活能力を殆んど失い家事労働を含め日常の業務に従事することが出来ないのは勿論のこと一日の起居食事等も一人で完全に処理出来ない状況で今後永い人生をどの様に生きていくのかその将来は悲惨なものである。以上の諸事情により、入院一ケ月につき慰藉料として金一〇〇、〇〇〇円、合計金一、五〇〇、〇〇〇円、後遺症補償としても自動車損害賠償保障法所定金額二、〇六〇、〇〇〇円の約倍額金四、〇〇〇、〇〇〇円の他、夫である訴外亡兼宏を新婚生活一ケ月に充たない時期に失つたことによる慰藉料金一、〇〇〇、〇〇〇円を考慮してこれらの合計額の内金として金四、五〇〇、〇〇〇円が慰藉料として相当である。

四、原告らの相続

原告弘子は訴外亡兼宏の配偶者として、原告正一、同つるは同父母として、右亡兼宏の有した三項(一)の損害賠償請求権を原告弘子はその1/2、原告正一、同つるは各その1/4の各割合で相続したが、被告会社が訴外興亜火災海上保険株式会社と締結していた自動車損害賠償責任保険に基づき、右訴外兼宏の死亡したことに対する責任保険金として金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、原告弘子が金五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らが各金二五〇、〇〇〇円宛を第三項(一)の1の得べかりし利益の喪失による損害に充当する。

五、原告弘子は本件事故による受傷に対する前掲記載の保険にもとずく仮渡金として金五〇、〇〇〇円を受領したので第三項(四)の1の得べかりし利益の喪失による損害に充当する。

六、原告らは弁護士米津威雄、同田井純、同岡部真純に対し、原告弘子は第三項(四)、四、五項の合計金八、九四〇、六八六円の、原告正一は第三項(二)、四項の合計金一、七四六、五九六円の、原告つるは第三項(三)、四項の合計金一、五二二、九四一円の各損害賠償請求権につき被告らを相手として訴を提起することを委任し、その手数料及び報酬として、原告弘子は金九七三、六〇二円を、原告正一は金二九九、四八九円を、原告つるは金一九一、〇四一円をそれぞれ右弁護士三名に支払うべき債務を負担し、原告正一は右弁護士費用の内金として金一五〇、〇〇〇円を支払つた。

七、よつて原告弘子は損害賠償債権合計金九、九一四、二八八円と右のうち弁護士費用を除く金八、九四〇、六八六円に対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告正一は損害賠償債権合計金二、〇四六、〇八五円と右のうち未払の弁護士費用を除く金一、八九六、五九六円に対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告つるは損害賠償債権合計金一、七一三、九八二円と右のうち弁護士費用を除く金一、五二二、九四一円に対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁

原告主張の日時場所において本件事故が発生したこと、訴外小室が被告会社に勤務する自動車運転手であり、被告車が被告会社の所有に属すること、本件事故は被告会社の業務執行につき発生したこと、被告石井が被告会社の代表者であることは認めるが、本件事故が訴外小室の過失に基づくものであるとする第二項(二)の1の事実は否認し、その余の事実は知らない。

第四、抗弁

一、免責の抗弁

(一)  訴外小室の無過失

本件事故発生当日、亡兼宏および原告弘子は相当程度に飲酒酩酊し、事故発生場所である県道上の吹上町方面から行田市に向つて左側にてタクシーを待つていたところ、吹上町方面から行田市方面に向つて進行してきた訴外小山実運転の自家用乗用車を停車させたが、自家用車であつたのでこれに乗ることができず、右訴外小山実運転の乗用車が行田市方面に発車した際、右道路上を行田市方面から吹上町方向へ向つて進行してきた被告車を認めた亡兼宏が、右訴外小山運転の車の後方より被告車を停車させようと道路中央線を越えて走り出て、続いてそれと殆んど同時に原告弘子も亡兼宏と同様に道路中央線を越えて飛び出したため、右両名とも被告車の右フエンダー側面に接触したものであつて、このような状況においてはたとえ訴外小室が万全の注意義務を尽したとしても到底、亡兼宏及び原告弘子が被告車に接触し来たつたのと避けることは出来なかつたもので、本件事故は亡兼宏及び原告弘子の右のような過失に基づき発生したものであつて、訴外小室には過失がない。

(二)  運行管理上の無過失

被告会社並びに被告石井は安全運転、事故防止のため乗務員の採用に当つてはその資格、技術、性格、健康等を審査してこれを厳選し、採用後は事故防止に関する指導を怠らず絶えず乗務員の過労防止に配慮し、仕事開始に当つては必ず運行管理者において乗務員および車両の適否を点検、確認すると共に運行上の注意事項を周知せしめる方法として厳重なる点呼をする等の運行に関する万端の注意を怠らなかつた。また訴外小室も被告車の運行に関し通常の注意義務を尽していた。

(三)  被告車の機能・構造上の無欠陥

被告車には構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

二、過失相殺

本件事故について、仮りに訴外小室被告会社及び被告石井に何らかの過失が認められたとしても、前項(一)の如く、亡兼宏及び原告弘子が飲酒酩酊の上自ら被告車に接触し来たつた過失があるので、損害賠償額の算定に当つて斟酌されねばならない。

第四、抗弁に対する認否

被告らの抗弁事実はすべて否認する。

第五、証拠 〔略〕

理由

第一、本件事故に対する判断

一、(争いない事実)

被告主張の日時場所において本件事故が発生したこと訴外小室が本件事故当時被告会社に勤務していた自動車運転手であり、被告車が被告会社の所有に属すること、本件事故が被告会社の業務執行につき生じたこと、被告石井が被告会社の代表者であることはいずれも当事者間に争いがない。

二、(被告会社の責任)

右争いのない事実に照らせば、被告会社は被告ら主張の免責の抗弁が認められない限り、訴外亡兼宏の死亡及び原告弘子の受傷による原告らの後記損害を賠償する責に任じなければならない。

三、(被告石井の責任)

(一)  (訴外小室の過失)

〔証拠略〕を総合すれば、訴外小室は、事故現場にさしかかつた際、約五〇メートル前方道路上に対向車が停車して、その周囲に訴外鈴木芳樹、同鈴木スヱ子、訴外亡兼宏らが居り、それが道路中央線附近であることを認めながら、それらの人影の動静に注意せずに漫然そのまま時速約七〇キロメートルで進行したため、自己の進路上で自己の運転するタクシーを止めようとしていた訴外亡兼宏及び原告弘子の動静に気づかず、右両名と衝突する直前にブレーキを踏みハンドルを左に切つて急停車並びに進路転換の処置をとつたが、ついにこれを避けることができず、被告車の右前照燈、右側フエンダー附近を右両名に衝突させて跳ね飛ばしたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

およそ自動車運転者としては、殊に自己の進路中央線附近に人影を認めたのであるからその人影の動静に注意し、減速し何時でも急停車できるようにして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、訴外小室は前記認定の如くこの注意を怠つて、時速約七〇キロメートルで漫然そのまま進行したため本件事故を惹起したものであつて、この点に過失があるといわねばならない。

(二)  (代理監督)

〔証拠略〕を総合すれば、本件事故当時被告会社はタクシー業を営み、運転手八名事務員二名・自動車数一一台・営業用事務所一ケ所であり被告石井が被告会社の代表取締役として、被用運転手の採用について決定権をもち、高血圧のため二日ないし三日に一日程度事務所に出勤して業務に関し指示を与え運転手に対し事故を起こさないよう注意し、自宅においては被告会社の運行管理者である同居の息子訴外石井広明から種々報告を受け、被告会社の事業を監督していたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右認定事実によると本件事故当時被告石井が被告会社に代わつて事業を監督する者であつたと解するを相当とするから、被告石井は本件事故により原告らが受けた損害を賠償する責任がある。

四、(抗弁)

(一)  (訴外小室の無過失)

第三項の(一)において認定した如く、訴外小室に過失が認められるので、被告会社の免責の抗弁はその余の判断をまつまでもなく理由がない。

(二)  (運行管理上の無過失)

〔証拠略〕を総合すれば、被告会社並びに被告石井は被告会社所有の営業用自動車(タクシー)の運行管理につき一般的な管理義務を尽していることは認められるけれども、右諸証拠より認定できる事実は、一般乗用旅客自動車運送業(いわゆるタクシー業)に法令により求められる一般的管理義務であつて、それを尽したからといつて直ちに、具体的に本件事故に関し、その事業の監督につき相当の注意を尽したということはできず、他に被告らのこの点に関する抗弁事実を立証するに足る証拠はない。

(三)  過失相殺

〔証拠略〕を総合すると訴外亡兼宏及び原告弘子は本件事故当時、相当程度飲酒酩酊しており、右両名は被告車の進行方向右側から中央線を越えて進み出て被告車を停車させようとしたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右認定の如く右両名は横断歩道でもない所に於て道路中央線附近にたちふさがり本件事故に遇つたものであり、右両名にも過失があるといわねばならない。右両名の過失と訴外小室の過失とを比較すると、双方の過失の度合は大体訴外亡兼宏及び原告弘子各三に対し、訴外小室七の割合であると認めるのが相当である。

第二、損害に対する判断

一、訴外兼宏の受けた損害

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

1 〔証拠略〕を総合すれば、亡兼宏は昭和一七年一月三一日生れの健康な男子で、事故当時横浜輸送株式会社に貨物自動車の運転手として勤務し、事故直前六ケ月の収入は金一三六、五七八円であつたので、同人の年間収入は金二七三、一五六円であり、同人の年間生活費は金九六、〇〇〇円であると認められるからこれを控除した同人の年間純収入は金一七七、一五六円である。

右事実に第一〇回生命表上、日本人の同年令の男子の平均余命は四四・九七年であることを考え合せると、亡兼宏は本件事故がなければ大体右余命年数程度生存し、そのうちあと三六年間にわたり毎年金一七七、一五六円の純収入をあげうべきところ、これを事故による死亡によつて失つたと認めることができる。

右金額を基礎として、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故時の現価に引き直すと金二、二七七、七二〇円となる。

2 もつとも、本件事故については前記のように亡兼宏にも過失があるのでこれを斟酌すると、被告らに対する記 1による財産上の損害賠償請求額は金一、五九四、四〇四円となる。

(二)  慰藉料

訴外亡兼宏は本件事故により死亡したことは当事者間に争いがなく、また前記認定の如く、同人の死亡は本件事故と相当因果関係があると認められる。成立に争いない甲第一号証によると同人は昭和四〇年一二月九日原告弘子と婚姻した事実が認められる。右事実と前認定の亡兼宏の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、亡兼宏が自已の死亡により受けるべき慰藉料の額は金一、二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

二、原告正一の受けた損害

(一)  葬祭料

〔証拠略〕を総合すれば、原告正一が次のような支出をしたことが認められる。

(1) 葬儀一式費用 金二七、八〇〇円

(2) 通夜葬儀用酒、醤油等代 金一四、二五五円

(3) 僧侶支払 金四〇、〇〇〇円

(4) 薪炭代 金三、五〇〇円

(5) 米代 金一五、〇〇〇円

(6) 死体処置料 金一、五〇〇円

(7) 施主花代 金二、〇〇〇円

(8) 火葬代 金九〇〇円

(9) 霊柩車代 金五、〇〇〇円

合計金 金一〇九、九五五円

右の葬儀のために支出した費用は原告正一本人尋問の結果により認められる亡兼宏の生活程度に照らし相当である。

なお、〔証拠略〕を総合すれば、同原告は右の他にも引出物代として合計金一〇二、七〇〇円(仏事用菓子代金五、五〇〇円、仏事用引出物代金四、五〇〇円、葬儀用呉服類引出物代金五二、二〇〇円)、霊柩車運転手心附金一、〇〇〇円を支出したことが認められるけれども、引出物はいわゆる香典返しと同視すべきものであり、また運転手心附も、本件事故と相当因果関係にある損害ということはできない。

(二)  〔証拠略〕によれば、原告正一は亡兼宏の実父であることが認められ、兼宏の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことが推認される。右事実と前認定の亡兼宏の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告正一が受けるべき慰藉料の額は金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

三、原告つるの受けた損害

〔証拠略〕によれば、原告つるは亡兼宏の実母であることが認められ、亡兼宏の死亡によつて多大な精神的苦痛を受けたことが推認される。右事実と前認定の亡兼宏の過失の度合その他諸般の事情を斟酌すれば原告つるが受けるべき慰藉料の額は金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

四、原告弘子の受けた損害

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

1 〔証拠略〕を総合すれば、原告弘子は昭和一六年一一月五日生れの健康な女子で、事故当時楽屋被服株式会社(行田市大字佐間三五六九番地)に勤務し、昭和四〇年度の年間収入は金二四九、三三五円であり、同人の生活費は年間金九六、〇〇〇円であることが認められるから、それを控除した同人の年間純収入は金一五三、三三五円である。

ところで、〔証拠略〕を総合すれば、原告弘子は本件受傷により、左下肢短縮(左七三センチメートル、右七五センチメートル)、左足関節運動障害((左)背屈一一五度、底屈一四〇度、(右)背屈七五度、底屈一四五度)、両下肢(膝関節以下の部分)シビレ感、左肩関節挙上時軽度痛及び左右眼視神経蒼白色に委縮し、矯正不能の視力低下(左眼〇・〇三、右眼〇・〇六)の各後遺症を受け、右認定の収入の途を失つたことが認められる。

右事実に第一〇回生命表上、日本人の同年令の女子の平均余命は四八・六三年であることを考え合せると、原告弘子は少くとも満五〇才までの今後二五年間は、毎年金一五三、三三五円の純収入をあげうべきところ、これを本件事故によつて失つたと認めることができる。

右金額を基礎とし、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して事故時の現価に引き直すと金一、七〇三、七二二円(円未満切捨)となる。

2 もつとも、本件事故については前記のように原告弘子にも過失があるので、前記1による財産上の損害請求額は金一、一九二、六〇五円(円未満切捨)となる。

(二)  慰藉料

原告弘子は本件事故により受傷し、前記認定の如く後遺症が残つており、これは本件事故と相当因果関係があると認められ、その精神的苦痛が多大なものであることは容易に推認できる。成立に争いない甲第一号証によれば同人は昭和四〇年一二月九日に亡兼宏と婚姻したことが認められ、それから一ケ月に足らない時期にその夫を失つたことによる精神的苦痛も多大なものであることは容易に推認できる。右事実と前認定の原告弘子の過失の度合その他本件全証拠によつて認められる諸般の事情を斟酌すれば、原告弘子が夫兼宏を失つたことに基づき受けるべき慰藉料の額は、金一、〇〇〇、〇〇〇円、並びに自己の受傷に基づき受けるべき慰藉料の額は、金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

五、原告らの相続

原告弘子は亡兼宏の妻であり、原告正一は兼宏の父、原告つるは兼宏の母であるから、原告弘子は相続により第一項(一)(二)の亡兼宏が取得した金二、七九四、四〇四円の損害賠償請求権のうち二分の一である金一、三九七、二〇二円の債権を承継取得し、その余の原告ら二名は各右請求権の四分の一の債権額各金六九八、六〇一円を承継取得した。

六、原告らの損害賠償請求権

(一)  原告正一

1 固有分 イ 財産的損害 金一〇九、九五五円

ロ 精神的損害 金二〇〇、〇〇〇円

2 相続分 金六九八、六〇一円

(二)  原告つる

1 固有分 精神的損害 金二〇〇、〇〇〇円

2 相続分 金六九八、六〇一円

(三)  原告弘子

1 固有分 1 財産的損害 金一、一九二、六〇五円

2 精神的損害 金二、〇〇〇、〇〇〇円

2 相続分 金一、三九七、二〇二円

七、保険金の受領とその充当

原告らは、本件事故に基づく自動車損害賠償責任保険金を亡兼宏の死亡した分として金一、〇〇〇、〇〇〇円及び原告弘子の受傷に対する分として金五〇、〇〇〇円をそれぞれ受領したことを自認するので、亡兼宏の分についてはそれぞれの相続分に従つて原告弘子につき金五〇〇、〇〇〇円その余の原告らにつき各金二五〇、〇〇〇円宛を、更に原告弘子につき金五〇、〇〇〇円を前記損害金に充当すると原告らの損害賠償請求権は、

(一)  原告正一 金七五八、五五六円

(二)  原告つる 金六四八、六〇一円

(三)  原告弘子 金四、〇三九、八〇七円

八、弁護士費用

〔証拠略〕を総合すれば、原告ら三名は弁護士米津、威雄、同田井純、同岡部真純に対し本件訴訟を委任し、原告弘子は金九七三、六〇二円、原告正一は金二九九、四八九円、原告つるは金一九一、〇四一円の報酬を支払うことを約束したことが認められ、本件事故のような不法行為による損害賠償請求訴訟をなす場合に要した弁護士費用のうち権利の伸張防禦に必要な相当額は当該不法行為によつて生じた損害と解するのが相当であるが、その額は事案の軽易、認容すべきとされた損害額その他諸般の事情を斟酌して決定すべきであつて、委任者が負担を約した弁護士費用全額が損害となるものではない。これを本件についてみれば、手数料、謝金を含めて原告弘子については金四〇〇、〇〇〇円、原告正一については金七五、〇〇〇円、原告つるについては金六四、〇〇〇円をもつて被告らに賠償させるべき弁護士費用と認めるのが相当である。

九、以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、原告正一が被告両名各自に対し、本件事故によつて取得した第七項(一)、第八項に判示の損害賠償債権合計金八三三、五五六円及び右のうち弁護士費用の賠償額を除く金七五八、五五六円に対する本件記録に徴し訴状送達の日の翌日であること明らかな昭和四一年七月二三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度、原告つるが被告両名各自に対し、本件事故によつて取得した第七項(二)、第八項に判示の損害賠償債権合計金七一二、六〇一円及び右のうち弁護士費用の賠償額を除く金六四八、六〇一円に対する原告正一同様の遅延損害金の支払を求める限度、並びに原告弘子が被告両名各自に対し、本件事故によつて取得した第七項(三)、第八項に判示の損害賠償債権合計金四、四三九、八〇七円及び右のうち弁護士費用の賠償額を除く金四、〇三九、八〇七円に対する原告正一同様の遅延損害金の支払を求める限度においてはいずれも理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

一〇、結論

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤二郎)

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